鍼灸マッサージ院 元!
身体が楽になると、世界が「敵」に見えなくなる。
〜あなたがまた、周囲と自然に噛み合うための鍼灸〜
なぜか応援される人と、孤立してしまう人の違い
私はこの仕事をしていて、不思議に思うことがあります。
なぜか周囲から応援される人がいる。
特別に話が上手いわけでもない。
完璧な人格者というわけでもない。
でも、なぜか人が力を貸したくなる。
逆に、なぜか人が離れていってしまう人もいます。
もちろん、環境や運もあります。
ただ、鍼灸院という場所で長く人を見ていると、それだけでは説明できないものを感じます。
その人の言葉。
表情。
空気感。
人との距離の取り方。
そういうものが、少しずつ周囲との関係を変えていく。
そしてその背景には、かなりの割合で「体調」が関わっているように感じています。
それは性格の問題ではなく、「身体の悲鳴」かもしれない
体調が悪い時、人は少しだけ世界の見え方が変わります。
いつもなら気にならない一言が、妙に刺さる。
ちょっとした物音にイライラする。
誰かの表情が冷たく見える。
返信するだけのことが重くなる。
外に出るのも、人に会うのも、なんとなく怖くなる。
そういう時、人は自分で思っている以上に防御的になります。
でも、それは性格が悪くなったわけではありません。
心が弱いという話でもありません。
ただ、身体に余裕がない。
眠れていない。
痛みが続いている。
疲れが抜けない。
頭が重い。
呼吸が浅い。
そういう状態が続くと、人は自然と身構えます。
そしていつの間にか、世界そのものが少し敵に見えてくる。
もし今、
「最近、人とうまく噛み合わない」
「家族にきつく当たってしまう」
「誰にも助けてもらえない気がする」
「職場で孤立している気がする」
そう感じているなら、それはあなたの性格だけの問題ではなく、お身体の悲鳴なのかもしれません。
まずは、その強張りを少しずつ解いていくこと。
私はそこから始めてもいいと思っています。
心と身体は、別々ではない
東洋医学には「心身一如(しんしんいちにょ)」という考えがあります。
心と身体は、別々ではなく、ひとつのものとして繋がっている。
身体が苦しくなれば、心も荒れやすくなる。
心が張り詰めれば、身体も固くなる。
これは、特別な理論というより、日々の生活の中でも感じることです。
例えば、お母さんの体調が悪い時。
余裕がなくなり、言葉が強くなる。
子どもの小さな行動にも反応してしまう。
家の中の空気が、少し張り詰める。
すると、子どもも不安定になります。
逆に、お母さんの身体が少し楽になって、表情や声に余裕が戻ると、家庭の空気がふっと柔らかくなることがあります。
会社でも同じです。
「この上司についていきたい」と思われる人がいる一方で、誰も近寄らなくなってしまう人もいる。
能力の差だけではありません。
余裕。
言葉の温度。
表情。
人への反応の仕方。
そういうものが、周囲との関係を少しずつ変えていきます。
そして、その余裕は体調と深く繋がっています。
私自身も、身体がしんどい時は周囲が敵に見えました
私自身、体調を崩している時期はよく分かります。
返信ができない。
人に会いたくない。
少しの言葉で傷つく。
周囲が敵に見える。
誰かが普通に言っただけの言葉を、必要以上に重く受け取ってしまう。
そして、どんどん孤立していく。
でも、その状態の人に、
「もっと前向きに」
「人に優しく」
「愛想よく」
と言っても、たぶん無理なんです。
余裕がないからです。
だから私は、
“人間性を変える”
というより、
“まず身体を少しマシにする”
そこから始めた方がいいと思っています。
気合いで前向きになる前に。
無理に優しい人間になろうとする前に。
まず、身体の強張りを少し解いていく。
その順番を大切にしています。
鍼灸は、人間対人間の仕事です
私はこの仕事を始めて、独立して10年になります。
鍼灸という仕事は、かなり人間対人間です。
もちろん、最低限の基準はあります。
時間。
料金。
衛生。
技術。
接客。
そこは当然、守ります。
ただ、その先にあるものは、かなり属人的です。
鍼灸は、身体に触れる仕事です。
鍼を使い、刺激を入れ、身体の反応を見ながら進めていく仕事です。
こちらも一定の責任とリスクを負っています。
だから、最初から強い不満や棘をぶつけられると、こちらは自然と慎重になります。
余計なことは話さない。
必要以上に踏み込まない。
安全に、必要なことだけを行う。
それは冷たいというより、防御に近い感覚です。
ただ、ここで誤解してほしくないのは、
「余裕がない人は来ないでください」
という話ではありません。
むしろ逆です。
余裕がなくなっている時こそ、身体は助けを求めているのだと思います。
棘のある言葉や、防御的な態度の奥に、痛みや疲れや不安が隠れていることもあります。
だからこそ、まず身体を整える。
その人が少しずつ、もう一度まわりと噛み合える状態に戻っていく。
そこに鍼灸の役割があると感じています。
身体が楽になると、空気が変わる
身体が楽になり、心に少し隙間が生まれると、
その人のまわりの空気感は変わっていきます。
表情が柔らかくなる。
言葉の棘が少し減る。
人の言葉を、敵意として受け取りにくくなる。
誰かに助けを求めやすくなる。
そして、自分も少しだけ人に優しくできるようになる。
そうなると、周囲との関係も少しずつ変わっていきます。
家族とぶつかりにくくなる。
職場で孤立しにくくなる。
誰かに優しくされる。
困った時に、手を貸してもらいやすくなる。
私は、これを「応援されやすい状態に戻っていく」と感じています。
それは、生まれつきの才能ではありません。
愛想の良さだけでもありません。
身体が少し楽になることで、戻ってくるものでもあります。
施術者の引き出しも、自然と開いていく
不思議なことに、その人の空気が変わってくると、
私自身の「引き出し」も自然と増えていくことがあります。
昔の師匠に教わったこと。
そのまた上の世代から受け継がれてきた感覚。
今はもう亡くなった先生たちの知恵。
もっと入りづらい雑居ビルの一室で、静かに続いていた先生たちの技術。
そういったものまで、自然と総動員されていく。
これは計算ではありません。
「この人には特別にやってあげよう」という単純な話でもありません。
身体が少し楽になり、心に隙間が生まれて、
その人のまわりの空気が変わってくる。
すると、こちらの中にあるものも自然と呼応する。
鍼灸という、身体の深い場所で介入し合う仕事だからこそ起こる、理屈を超えた共鳴のようなものがあるのだと思います。
私は、自分の話をあまり多くはしません。
でも時々、自然と少しだけ話したくなる方がいます。
それは、その方の中にある余裕や、変わろうとする気配に、こちらも反応しているのだと思います。
「この人の一助になれたら光栄だな」
そう思う瞬間があります。
鍼灸は、世界と噛み合うための土台を整える仕事
鍼灸というのは、単に痛みを減らすだけの仕事ではありません。
お身体を整えることで、
その人がまた自然と周囲と噛み合い、
生活の摩擦が少しずつ減っていく。
私は、そのための土台を整えたいと思っています。
身体が楽になると、世界が敵に見えなくなる。
そして気づけば、
また誰かに応援される側へ戻っていく。
鍼灸には、そういう力もあるのではないかと感じています。
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